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盛岡地方裁判所 昭和30年(行)8号 判決 1956年5月14日

原告 神山市太郎

被告 岩手県知事

主文

被告が昭和二十三年九月十日付岩手と第九七九号買収令書をもつて岩手県九戸郡種市町大字種市字笹花第四十三地割百十二番山林三町二反五畝歩についてなした買収処分は無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、

岩手県九戸郡種市町(もと種市村、昭和三十年二月町村合併により種市町となる)大字種市字笹花第四十三地割百十二番山林三町二反五畝歩は原告の所有であつた。

岩手県農地委員会は右土地につき、昭和二十三年一月二十日旧自作農創設特別措置法(以下旧自創法と略称する)第三十条に該当するものとして未墾地買収計画をたて、同年二月六日これを公告し、同日より二十日書類を縦覧に供した。原告は右買収計画に対し同月十八日異議の申立をした。被告は右買収計画に基き、同年九月十日同日付岩手と第九七九号買収令書を発行し、同年十月二十五日これを原告に交付して右土地を買収する処分をなした。

しかしながら被告の右買収処分には次に述べる違法がある。即ち、

一、岩手県農地委員会は前記原告の異議の申立に対しまだ決定をしていない。被告は同委員会の右申立に対する決定がまだなされていない間に、前記のとおり買収令書を発行交付して買収処分をしたのである。

これは原告の不服申立権を害するものであつて旧自創法第七条に違反する。

二、前記買収土地内には、原告が昭和二十年四月開墾し、昭和二十三年まで耕作した畑四反歩が存在する。

これを全部未墾地として買収した前記買収計画は違法であり、従つて同計画に基いてなした被告の買収処分も違法である。

以上いずれの点よりするも前記買収処分は違法であり、これらの違法は明白にして且つ重大な瑕疵であるから右買収処分は無効である。よつてその無効確認を求めるため本訴請求に及んだ。と述べた。(立証省略)

被告指定代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として、原告主張土地が原告の所有であつたこと、右土地につき原告主張の日時岩手県農地委員会がその主張の買収計画をたて、公告、書類縦覧の手続をなし、原告がこれに異議の申立をしたこと、及び被告が原告主張の日時その主張の買収令書を発行交付した事実は認めるが、その余の原告主張事実を否認する。

(一)  原告の異議の申立は、訴外滝口清十郎を筆頭者とする同人外原告ら十五名の連名による共同の異議の申立であつて、筆頭者滝口清十郎をこれら異議申立人の代表者とする申立であつたので、岩手県農地委員会は、右申立に対し同年四月二日その理由がない旨の決定をなし、滝口清十郎外原告ら十五名の住所氏名を連記した同人ら宛の同日付決定書を作成し、同年五月上旬頃同決定書の謄本一通を右代表者である滝口清十郎に送付したのである。原告はその頃当然右異議の申立に対する決定の内容を知つたものであり、なんら不服申立権を害されていない。

(二)  原告主張の買収土地内に一部開墾地が存在する事実は認めるが、右開墾地は買収計画当時収穫の著しく不定な新開墾地であつて農地と認められなかつたから未墾地として買収したのである。

以上のとおり前記買収処分には原告の如き違法は存しないから原告の本訴請求は失当であり、棄却さるべきである。と述べた。(立証省略)

理由

岩手県九戸郡種市町大字種市字笹花第四十三地割百十二番山林三町二反五畝歩が原告の所有であつたこと、右土地について原告主張の日時岩手県農地委員会がその主張の買収計画の樹立、公告、書類縦覧の手続をなし、原告がこれに異議の申立をしたこと及び原告主張の日時被告がその主張の買収令書を発行交付した事実は当事者間に争がない。

成立に争のない甲第三、四号証、甲第五号証の一、二乙第一、二、四、五号証の各記載を綜合すると、次の事実が認められる。昭和二十三年一月二十日岩手県農地委員会が岩手県九戸郡種市村所在訴外滝口清十郎外原告ら十五名所有の山林及び原野について未墾地買収計画をたてたが、同計画に対し同年二月十八日右滝口清十郎外原告ら十五名が右買収計画に対し滝口清十郎を筆頭とし連名で異議申立書を提出した。右申立に対し同農地委員会が同年四月二日地区綜合開発計画上必要なるにより買収する旨の決定をなし、右滝口外原告ら十五名に対する同日付決定書を作成し、同決定書の謄本一通をその頃岩手県開拓課を通じ滝口清十郎に送付し、原告ら十五名には右謄本の送付をしなかつた。以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

被告は右異議の申立は滝口清十郎外十五名の共同の異議の申立であつて、筆頭者滝口清十郎を代表者とするものであるから、右申立に対する決定書の謄本の送付は滝口清十郎に送付することで足ると主張するのであるが、滝口清十郎が筆頭者であることのみによつては、直ちに同人をそれらの代表者であり、これが決定書の受領権限あるものということはできない。他に右受領権限のあつた事を窺うに足る証拠はない。そうすれば岩手県農地委員会が滝口清十郎を原告ら十五名の代表者と認め、右異議の申立に対する決定書謄本はその一通を滝口清十郎に送付したのみで、原告らには送付しなかつたのは違法であり、結局原告らに対しては右決定書謄本の適法な送付がなかつたものといわなければならない。そうすれば右異議の申立に対する適法な決定がなかつたことになるから、原告らは旧自創法第七条による訴願をなすに由なく、右決定に対する訴願の権利を奪われたものといわなければならない。

してみれば本件買収処分は、原告の買収計画に対する異議申立に関する決定のないままなされた瑕疵があり、この瑕疵は行政事件訴訟特例法第二条但し書による出訴の途があつたとしても、買収計画に対する訴願の権利を害するものであつて、重大にして且つ手続上明白なものといわなければならない。本件買収処分はこの点において無効たるを免れない。

次に、証人久保田元吉の証言によれば、本件買収地域内に原告の弟訴外神山三郎が昭和二十一年春頃開墾した畑約七反歩が存在した事実が認められる。開墾後一、二年では通常新開墾地というべきであるが、新開墾地が買収を相当とする農地に該当するか否かは、当該土地の状況を精査して決すべきものであるから、たとえ右の土地を未墾地として買収した本件処分が違法であつたとしても、その瑕疵は明白であるとはいえない。そうすれば本件買収処分には右買収処分を取消し得べき瑕疵があるとしても無効とすべき瑕疵はないのである。原告のこの点における主張は理由がない。

以上述べたところにより、原告の不服申立権を害したと主張する点は正当であり、この点において本件買収処分は無効である。よつて原告の本件買収処分の無効確認を求める本訴請求は正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 佐藤幸太郎 梅村義治)

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